吉田監督のキトキト!日記
最近の日記
4月13日(金) 番外編:シネカノン有楽町最終日
4月12日(木) 番外編:高岡市長表敬訪問
3月22日(木) 福岡キャンペーン
3月20日・21日(火/祝) 札幌キャンペーン
3月17日(土) 公開初日、舞台挨拶
3月2日(金) 『キトキト!』特別披露試写会 (東京・シネカノン有楽町)
2月28日(水) 大阪キャンペーン
2月26日(月) 高岡キャンペーン


3月20・21日 札幌キャンペーン

三度目の正直で北海道に降り立った。
13、14日と二度に渡って大雪に見舞われ、新千歳空港の上空まで行くも羽田に引き返すという前代未聞の事態を乗り越えてのことだった。
同行する営業部のスタッフさんは、今度こそブーツを履いてきた。(※編集注:このスタッフは前回大雪にもかかわらずスニーカーを履いてきた)、偶然にも僕の履いているものとお揃いだったのだ。ひょっとしたら二度のスニーカーは、僕に遠慮して…?

空港から電車に揺られること40分。札幌駅で、シアターキノの中島さんと落ち合った。
思ったより寒くない。積雪も、そんなでもない。天気は良い。
シアターキノに隣接している、キノカフェというオシャレな落ち着いた雰囲気の喫茶店で取材を受ける。
「先週は大変でしたね」
「こちらこそ、二度も取材をキャンセルして申し訳ありませんでした」
毎回、こんな挨拶で始まる取材を何件か受けたあと、近くのラーメン屋へ昼食をとりに行く。とんこつラーメンを食べたのだが、最初はそんなに旨いと思わなかった。半分ほど食べたところで、目の前に「さばにんにく胡椒」が置いてあるのに気づいた。ひょっとして?
はい。それを入れたら、とても美味しくなりました。
スタッフさんに「そんなに入れて大丈夫?」と言われながらも、欲望のままに入れてしまった僕。見ると聞いてた本人も結構入れていた。

キノに戻って取材再開。
「先週は大変でしたね」
「こちらこそ、二度も取材をキャンセルして申し訳ありませんでした。…それから、ちょっとニンニク臭かったらすいません」
「はい?」
「臭いませんか?」
「…大丈夫ですけど」
そんな挨拶から始まる取材を数件受けたあと、キノのロビーで記念写真を撮ってもらう。
シアターキノは可愛い劇場だった。映画好きにはたまらない雰囲気。ロビーの壁には、この場を訪れた名だたる映画人のサインが刻まれている。僕もサインを書かせてもらうことに。名前と「キトキト!」と日付を書かせてもらう。…出来るだけ、小さく。

次に徒歩でSTVラジオ局に移動した。
ラジオは苦手ではあるが、何とか喋って、局内のロビーで紙取材。
聞き手の記者さんは二児の子を持つ母だったようで、大竹さん扮するスーパー智子ちゃんに共感できたという。でも、はたから見ていてあんなに必死に頑張っている母親なのに何故に息子や娘は家を出て行くのだろう?東京に出る前、なぜ優介は智子ちゃんのことを、いい母親だと思わなかったのか?と質問されて、こう答えた。
「実の息子だからだと思います」
親子関係というのは、はたから見てるのと、当の本人とでは全く捉え方が違う、と思う。近くにいると分からないこともある。分かっていても認めたくないものもある。恥ずかしさもある。だから、素直になれないところもある。そして、あとで後悔することもある。

取材を終えて外に出ると、風が冷たくなっていた。
しばらくして、先ほどの記者さんが写真を撮り忘れたと、走って追っかけてきてくれた。
寒空の下、ジャンバーを脱ぐ。それが、いけなかったのか宿泊先のホテルに向かうまでの間、腹痛に悩まされた。たぶん、お腹が冷えたのだ。男子はお腹が弱い体質の人が多いと言われている。堀エモンも、裁判の判決主文を聞いているときに、腹痛でトイレに行ったらしい。あまり関係ないか。

ホテルにチェックインを済ませたあと、札幌市内の他の劇場へ挨拶に向かうという営業部スタッフさんに同行した。二人で映画人口を増やすにはどうしたらいいのか?と熱く語りながら、随分歩いた。脱線するが、日本人が年間で劇場に足を運ぶ回数は、平均すると1.7回らしい。たったそれだけ。悲しいけれど現実だ。せめて3回ぐらいにしたいと切に願う。フレー、フレー、映画!
立ち寄ったシネコンで、FLYING POSTMAN PRESSというフリーペーパーを発見。
大阪キャンペーンのときに取材を受けた媒体だ。SECRETをテーマに、それを連想させる映画を五つ挙げて下さいと言われ、選ぶのに随分頭を悩ませた。もちろん何を選んだかは秘密。もし劇場で見かけたら拡げてみて下さい。フフフ…。

シネコンを出ると、夜空に粉雪が舞っていた。
その夜は、札幌に赴任している高校時代からの友人とお酒を飲みに行った。

飲み過ぎた。
翌日は朝から頭が痛かった。
近くのFMラジオに向かい、あまり打ち合わせもなく、いきなり収録が始まった。
寝起き一時間未満の起動しきってない脳みそに、多分に残ったアルコールが災いして、僕の喋りは噛みまくり。呂律が回らず筋が支離滅裂。挽回しようと焦ると、更に噛み噛み。もう、ボロボロ。…反省。深く反省。
パーソナリティーさんが達者な人だったのが、救いだった。
ホント反省。
次、頑張ります。
ごめんなさい。


3月17日(土) 公開初日、舞台挨拶


ついに運命の日がきた。
この日を迎えるのが楽しみでもあり、正直、怖くもあった。お客さんが来てくれるかどうか心配で仕方なかったから。当日の朝9時半頃、ソワソワしながら舞台挨拶へ向かう準備をしていると、友人から電話が入った。
「チケット売り切れやで!」
…よかったぁ。友人の「せっかく朝早くから来たのに!」との悲痛な叫びを無視して(すまん。次の回観てくれ)勢いよく家を飛び出した。

10時40分。シネカノン有楽町の劇場に到着。まだ時間があったので、助監督の阪本とコーヒーでも飲んで落ち着こうと、喫茶店にむかった。途中出くわした、真人役の尾上くんも共にアイスコーヒーを飲みながら、深呼吸をひとつ。
大丈夫、1人で舞台に上がる訳じゃない、みんないる。
が、胸は高まる一方だった。
試写で一度観ているにもかかわらず、友人を連れて足を運んで下さった業界の大先輩をロビーで迎えた頃には、既に開場しており続々とお客さんが場内に入っていく。
楽屋に戻ると、大竹さんと平山あやちゃんが楽しそうにお喋りをしている。リラックスして、全然緊張していない様子だ。
石田くんは「お腹減った〜」と、彼も平気なようだった。
一方、尾上くんは「足震えてきた〜」と、緊張気味だった。
「おめでとうございます」という言葉が飛び交う。
…そう。確かにめでたい。
ほんとに無事に今日の日を迎えることが出来てよかった。

場内は満員御礼。座席に座りきれないお客さんも通路に座っていた。ちょっと泣きそうになる。
ひとことずつの挨拶を終えた頃には、安堵の気持ちと充実感が自然と沸いてきた。
「最後にお客さんへメッセージを」と言われた大竹さんが、
「吉田監督が早く次の作品も撮れるように、この映画を絶対ヒットさせたい。今日来て下さった方で、この映画を面白いと思った人は周りの人に勧めて下さい」
と言って下さったのには、心底驚いた。
有難い、そんな風に言ってくれるなんて、ほんとに有難い。

舞台挨拶を終えて、ロビーに出てみると、エンディングテーマを歌っているONE☆DRAFTの皆さんや、音楽の増本さん、照明の木村さん等、スタッフの人が大勢来てくれていてびっくり。また、仕事などで来れなかったスタッフからも電話がたくさんかかってきた。
嬉しい。めでたい。感謝。

場所を移して、皆で打ち上げをする。
大竹さんが「ヒットさせて、皆でハワイに行こう!」と言うと、大きな拍手が沸いて、平山あやちゃんが「楽しかった〜」と言ってる横で、石田くんがバイキング式の食べ物を皿にたくさんとって、尾上くんに、誰かが「あれ?どなたでしたっけ?」って冗談をかますと、「あ、尾下です」なんて冗談で返したり…。それはそれは楽しいひと時を過ごした。
僕は幸せいっぱいでした。
あっという間に時間が過ぎ去り、次の仕事を控えている人がひとり、またひとりと会場を出て行く。映画が公開するということは、みんなとの別れを意味をする。
悲しいけれど、このチームが集まるのは今日で最後かもしれない。
締めの挨拶で、僕は「今日の日をいい旅立ちの日にしたい」なんて生意気を言ったけど、ほんとは寂しい。
「皆、ありがとうごじゃいました!」
昨年の夏、撮影がクランクアップを迎えたときの挨拶で僕は噛んでしまった。猛烈に暑い夏を、共に戦い抜いたスタッフや役者さんを前に、一番大事な台詞「ありがとうございました」がちゃんと言えなかった。
そして、この日もやっぱり噛んでしまった。
ごめんなさい、いつか噛まずに言います。必ずや。
皆さん、いつかまた、一緒に映画を創りましょう!


皆と別れて数時間後のことである。石田くんから電話があった。
「監督、お父さんとお母さんに替わっていいですか?」
実は初回の上映に、石田くんはご両親を招待していた。
キャンペーンをしている間、石田くんは「『キトキト!』は親に絶対観てもらいたい」と、よく話していた。だから、「初日に招待してあげたらいいやん」って僕もしょっちゅう言ってきた。でも、シャイな彼は「今までそんなことしたことがない」と、戸惑っていたのだ。たぶん、照れくさかったのだと思う。
それでも彼はご両親を招待し、ご両親は愛知県からわざわざ来て下さった。
お父さんは、「よかったです、ホントによかった」とおっしゃり、何度もありがとうございましたと言って下さった。お母さんは、少し涙ぐんだ声で、やっぱり「ありがとうございました」と何度も感謝の言葉を頂いた。
すごく嬉しかった。この映画を創った意味があると、素直にそう思えた。
僕がお二人に感謝してもらう筋合いはない。僕こそ、お二人に感謝したい。
何を大袈裟なと、言われるかもしれないが、
石田卓也を産んでくれて、ありがとうございました。
心から感謝します。


3月2日(金) 『キトキト!』特別披露試写会
(東京・シネカノン有楽町)

朝、宣伝部のスタッフから電話が入った。
「大竹さん、風邪でダウンしちゃったんです」
真っ先に、自分を含め我々スタッフの風邪が伝染ったのでは? と冷や汗をかいたが、
インフルエンザと診断されたそうなので、そうでもないだろう…。

試写会までに帝国ホテルで石田くんと数件の取材を受けた。
大竹さんの事務所のマネージャーさんが、わざわざお詫びに来て下さった。
「すいません、大事な日に」
「いえいえ。僕の風邪伝染ったんじゃないかと焦りましたよ」
「………」
「…でも、インフルエンザなんですもんね?」
「そうなんです、熱がすごくて」
「お大事に」
僕、無実ですよね?…大竹さん、早く元気になって下さい。

取材のときはまだ緊張もしていなかったが、シネカノン有楽町に移動した瞬間、急激に緊張が高まった。
この映画館は『パッチギ!』を始め、『フラガール!』や『魂萌え!』など名作を上映し続けるシネカノンのメイン館である。僕も一観客として何度も足を運んできた映画館だ。
さらに、舞台挨拶には井筒監督も駆けつけて下さるという…緊張しないはずがない。

18時15分。
楽屋でソワソワしていると、入り口から井筒さんの声が。本当に来てくれた…。
「すいませんわざわざ来て頂いて、ありがとうございます! 編集どうですか?」
「大変やで。何とかしてくれよ」
「…でしょうね」
現在『パッチギ!LOVE&PEACE』の編集の真っ只中で、今日もアフレコ中の日活撮影所から直接来てくれたのだ。僕も応援でチョロっと行っていた撮影現場は、前作を凌ぐ過酷な現場だった。編集も困難を極めていることだろう。そんな中来てくれたことに、ただただ感謝。
石田くんが挨拶すると、
「あぁ、あんたか。いくつ?」
「二十歳になったばかりです!」
「若いなぁ…俺が昔愛人に生ませた子供と同じ歳か…ハハハ」
相変わらず、きつい冗談、最高です。
宣伝部が進行の説明を始めると、井筒さんは「分かってるがな、そんなこと」「大丈夫や」とさすが慣れてらっしゃるのに対して、僕は「ふんふん」「はいはい」と真剣に聞こうとするが、正直頭に全然入ってこない…。大丈夫かな、こんなんで。

18時30分。
司会の伊藤さんの声で、石田くん、僕の順番で登壇。
会場は満席で、通路にもお客さんが座っていた。
「吉田監督は、『ゲロッパ!』、『パッチギ!』と井筒監督の下で助監督をされてたようですが、井筒さんのことどう思われますか?」
そんなこと、本人がいてるのに…。
(この段階でお客さんは今日井筒さんが来ているのを知らない)
「先生であり、師匠であり、父のようであり、兄のようであり…」
本当は「親友のようでもある」と言いかけたが、さすがにそれは失礼かと思い留まった。
「実は本日、その井筒監督にお越し頂いてます」
と、発表されて井筒さんが登壇。
持って出てきた花束を、いきなり僕に投げつける。会場は大いに沸いた。
「つい最近、やっと観たんですけどね…。まぁまぁ、いけてましたよ」
とおっしゃって下さった。「ほっ」と胸を撫で下ろす。
「まぁ、おべんちゃらも半分入ってますけど」
ハハハ……なるほど…。
そこからは、井筒さんの独壇場。面白おかしく冗談を交えながら、お客さんを惹きこむ饒舌トーク。さすがである。ほんと凄い。
有難い言葉も頂いた。
「これから批判やらキツイこともいっぱい書かれる。一生書かれる。けど、いつか見返したるという気持ちを持って頑張っていけ」
いやー、ほんと頑張ります。井筒組出身として恥じないように頑張ります。
その後、大竹さんの等身大パネルが出てきて、写真撮影。
最後に、お客様にメッセージをと言われ、僕は頭が真っ白なまま、
「母への感謝を込めてつくった映画です。皆さんも同じ気持ちになって頂ければ。今日は井筒さんも来て頂いて一生の思い出になりました。本当にありがとうございました」
と言ったようだが、最後のお辞儀のときに、会場に対してではなく、隣の井筒さんに対して頭を下げたようだ。後で会場に来てくれていた撮影の木村さんに指摘されて赤面した。
あの日来て下さったお客様、その節は失礼しました。
改めて、ありがとうございました。
ペコリ。
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