三度目の正直で北海道に降り立った。
13、14日と二度に渡って大雪に見舞われ、新千歳空港の上空まで行くも羽田に引き返すという前代未聞の事態を乗り越えてのことだった。
同行する営業部のスタッフさんは、今度こそブーツを履いてきた。(※編集注:このスタッフは前回大雪にもかかわらずスニーカーを履いてきた)、偶然にも僕の履いているものとお揃いだったのだ。ひょっとしたら二度のスニーカーは、僕に遠慮して…?
空港から電車に揺られること40分。札幌駅で、シアターキノの中島さんと落ち合った。
思ったより寒くない。積雪も、そんなでもない。天気は良い。
シアターキノに隣接している、キノカフェというオシャレな落ち着いた雰囲気の喫茶店で取材を受ける。
「先週は大変でしたね」
「こちらこそ、二度も取材をキャンセルして申し訳ありませんでした」
毎回、こんな挨拶で始まる取材を何件か受けたあと、近くのラーメン屋へ昼食をとりに行く。とんこつラーメンを食べたのだが、最初はそんなに旨いと思わなかった。半分ほど食べたところで、目の前に「さばにんにく胡椒」が置いてあるのに気づいた。ひょっとして?
はい。それを入れたら、とても美味しくなりました。
スタッフさんに「そんなに入れて大丈夫?」と言われながらも、欲望のままに入れてしまった僕。見ると聞いてた本人も結構入れていた。
キノに戻って取材再開。
「先週は大変でしたね」
「こちらこそ、二度も取材をキャンセルして申し訳ありませんでした。…それから、ちょっとニンニク臭かったらすいません」
「はい?」
「臭いませんか?」
「…大丈夫ですけど」
そんな挨拶から始まる取材を数件受けたあと、キノのロビーで記念写真を撮ってもらう。
シアターキノは可愛い劇場だった。映画好きにはたまらない雰囲気。ロビーの壁には、この場を訪れた名だたる映画人のサインが刻まれている。僕もサインを書かせてもらうことに。名前と「キトキト!」と日付を書かせてもらう。…出来るだけ、小さく。
次に徒歩でSTVラジオ局に移動した。
ラジオは苦手ではあるが、何とか喋って、局内のロビーで紙取材。
聞き手の記者さんは二児の子を持つ母だったようで、大竹さん扮するスーパー智子ちゃんに共感できたという。でも、はたから見ていてあんなに必死に頑張っている母親なのに何故に息子や娘は家を出て行くのだろう?東京に出る前、なぜ優介は智子ちゃんのことを、いい母親だと思わなかったのか?と質問されて、こう答えた。
「実の息子だからだと思います」
親子関係というのは、はたから見てるのと、当の本人とでは全く捉え方が違う、と思う。近くにいると分からないこともある。分かっていても認めたくないものもある。恥ずかしさもある。だから、素直になれないところもある。そして、あとで後悔することもある。
取材を終えて外に出ると、風が冷たくなっていた。
しばらくして、先ほどの記者さんが写真を撮り忘れたと、走って追っかけてきてくれた。
寒空の下、ジャンバーを脱ぐ。それが、いけなかったのか宿泊先のホテルに向かうまでの間、腹痛に悩まされた。たぶん、お腹が冷えたのだ。男子はお腹が弱い体質の人が多いと言われている。堀エモンも、裁判の判決主文を聞いているときに、腹痛でトイレに行ったらしい。あまり関係ないか。
ホテルにチェックインを済ませたあと、札幌市内の他の劇場へ挨拶に向かうという営業部スタッフさんに同行した。二人で映画人口を増やすにはどうしたらいいのか?と熱く語りながら、随分歩いた。脱線するが、日本人が年間で劇場に足を運ぶ回数は、平均すると1.7回らしい。たったそれだけ。悲しいけれど現実だ。せめて3回ぐらいにしたいと切に願う。フレー、フレー、映画!
立ち寄ったシネコンで、FLYING POSTMAN PRESSというフリーペーパーを発見。
大阪キャンペーンのときに取材を受けた媒体だ。SECRETをテーマに、それを連想させる映画を五つ挙げて下さいと言われ、選ぶのに随分頭を悩ませた。もちろん何を選んだかは秘密。もし劇場で見かけたら拡げてみて下さい。フフフ…。
シネコンを出ると、夜空に粉雪が舞っていた。
その夜は、札幌に赴任している高校時代からの友人とお酒を飲みに行った。
飲み過ぎた。
翌日は朝から頭が痛かった。
近くのFMラジオに向かい、あまり打ち合わせもなく、いきなり収録が始まった。
寝起き一時間未満の起動しきってない脳みそに、多分に残ったアルコールが災いして、僕の喋りは噛みまくり。呂律が回らず筋が支離滅裂。挽回しようと焦ると、更に噛み噛み。もう、ボロボロ。…反省。深く反省。
パーソナリティーさんが達者な人だったのが、救いだった。
ホント反省。
次、頑張ります。
ごめんなさい。
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